【商品紹介】"天才"が最後に見せた魔法 ― 柿谷曜一朗、その19年とLAST MAGIC
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文:徳市寛人(BALANCE. FOOTBALL. CLUB.)

棚の上に、一つのボールがある。
表面に刻まれた「YOICHIRO KAKITANI LAST MAGIC」の文字。
手に取ると、ふいにあの背番号8の軽やかなタッチが蘇ります。
2024シーズンをもって、柿谷曜一朗が19年間のプロ生活に幕を下ろしました。
天才と呼ばれた男が最後に残していったものを、少しだけ振り返っていきましょう。
"天才"と呼ばれた少年⚽️

大阪市都島区に生まれた柿谷曜一朗は、4歳でセレッソ大阪の下部組織の門を叩きました。
ボールを足に吸い付かせるようなタッチ、視野、閃き。
まだ幼い頃から、彼には「天才」という言葉がついて回りました。
2006年。クラブ史上最年少でセレッソ大阪とプロ契約を締結することになります。
大阪から、徳島、そしてスイスへ⚽️

彼のキャリアは、決して一本道ではありませんでした。
しかし徳島ヴォルティスへ期限付き移籍をきっかけにゴールを量産して覚醒し、セレッソへ凱旋。
海を渡ってスイスのFCバーゼルでもプレーし、日本代表として国際Aマッチ18試合5得点を記録しました。

その後も名古屋グランパス、再びの徳島と、行く先々でファンを魅了し続けました。
2013年と2021年には、Jリーグ最優秀ゴール賞を受賞。
この賞を複数回獲ったのは、Jリーグ史上で彼が初めてです。
2024シーズン、静かな幕引き⚽️

アキレス腱の痛みと向き合いながら、柿谷は2024シーズンをもって現役を退く決断をしました。
J1通算473試合82得点。
数字の一つひとつに、あの華麗なプレーの記憶が宿っています。
LAST MAGIC ― 2025年12月14日、ヨドコウ桜スタジアム⚽️

2025年12月14日、ヨドコウ桜スタジアムで「THE LEGEND DERBY YOICHIRO KAKITANI -LAST MAGIC-」が開催されました。
C大阪ゆかりのOSAKA PINKと、G大阪ゆかりのOSAKA BLUE。
香川真司、乾貴士、清武弘嗣、そして本田圭佑や遠藤保仁――
時代を彩ったレジェンドたちが、大阪ダービーの形で一堂に会しました。
序盤にBLUEが2点を先行する苦しい展開。
それでもPINKは主役を中心に押し返す。
そして後半43分、決勝点を決めたのは柿谷その人でした。
2得点1アシスト、4-3。
最後の最後まで"魔法"を見せて、彼はピッチを去りました。
——その記憶を形にしたのが、「LAST MAGIC」メモリアルボールです。
一つのボールに宿るもの⚽️

BFCが手がけた「LAST MAGIC」メモリアルボールは、あの日の記憶をそのまま形にしたものです。
SFIDA社製の確かなボディに、BFCオリジナルのメモリアルデザイン。
蹴るためにも、飾るためにも――天才の軌跡を、あなたの手元に。
一人の天才が駆け抜けた、19年間。
その軌跡に、心からの敬意を込めて。

COLLECTIONBFCのアパレル汗ばむ季節に。ピッチの外でも、心地よく着られる一枚を。
COLLECTION観戦に持っていくバッグ手ぶらで、全力で応援する。夏の遠征にも頼れる11型。
FASHION水陸両用のダブルロゴ シグネチャーショーツ朝はピッチ、昼は海。着替えずに一日を過ごすという選択。
B TABLEサッカーのある食卓へピッチを離れたあとの時間も、BFCの一部です。